アルトリアブログ

いろいろ書いています

エルサレムからアンマンへの行き方(2017.8)

エルサレムからアンマンへの行き方(アレンビー橋経由)については色々な方がブログを書いているので基本的な方法はそちらをご覧下さい。

ここでは、僕が体験したことだけ書いておきます。

エルサレムからボーダーへは、hotel golden wallの下のバスターミナル(こちらのブログ参照→http://takakkinen.blogspot.kr/2017/01/20161222.html?m=1)から、乗合バスに乗る。47シェケル

8時55分発ぐらいのに乗り、9時半すぎにボーダー到着。

ボーダーに着くと、左手のtourlistという入口から建物の中に入る。30リットルのバックパックを持っていたが特に荷物を預けるようには言われなかった。

その後、入って右手の両替屋でドルをヨルダンディナールに両替(死ぬほどレートが悪い)&そこで出国税を払う。179シュケル。クレカが使えた。

そしてpassport controlで手続きを済ませ、ゲートを通って出国。出たとこに待っていたバスに乗り込む。

他の人がバスの中で書類を書いているが、アラビア語だったのでわからず書かなかった。

15分ほどでヨルダン側ゲートに到着。バス代は誰も払ってなかったので僕も払わず。みんな降りていくので僕も降りようとすると、バスの中にいるよう言われ、運転手にパスポートを回収される。

バスの中には僕と残り3人ぐらいが残り、foreignerと書かれた入口に移動した。

バスから降りた時に、パスポートはポリスに預けたからそこへ行けと運転手に言われる。建物に入り、Arrivalと書かれた窓口で待っていると10分ぐらいでパスポートが返ってくる。僕はテルアビブ空港に着きそのままヨルダンへ向かうルートをとっていたが、スタンプは押されなかった。

その後、policeにアンマン行きのバスはどこか聞くと、色々教えてくれる。

パスポートチェックの窓口から進んで左側の最初の出口を外に出る、すると右側にこのドアが見える。

 

 

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そこに入って進むと広いロビーに出る。左手前の出口から外に出て、右斜め上の方にずっと進んでいくと門の前に白い20人乗りぐらいのバスが止まっており、それがアンマン行きだった。料金は4ディナール。11時40分頃に出発。ホテルの近くで誰かが降りたので一緒に降りる。13時頃。

ティラナからカランバカへの行き方

アルバニアの首都ティラナから、世界遺産メテオラがあるカランバカ(ギリシャ)への移動。

ティラナには13時頃到着。こちらの方のブログ(

https://www.google.co.jp/amp/gamp.ameblo.jp/world-free-trip/entry-12235672977.html

)を参考にして、16時頃のバスに乗れたらいいとおもっていたが、そうそううまくいくはずもなく…

モンテネグロからのミニバスが中央広場から少し遠くに到着する。バスに乗るためにアルバニアの通貨レケを手に入れようとしたが、ATMはfeeが高く、結局中央広場近くの両替屋でユーロを両替する。1レケ約1円なので計算が楽。

その後チケットを買うために中央広場付近の旅行会社を当たってみたが全て空振り。

結局、色々聞いて回った結果、リングセンターの前のmetroという店で深夜3時半発のチケットがとれたので、近くのホテルで寝て待つ。

リングセンターの近くは8月だと車通りもあり、深夜でもカフェで飲んでる人がいたりして、身の危険は感じなかった。

metroの場合は店の前出発だったが、リングセンターの裏に長距離バスターミナルがあり、他のツアーだとそこ出発かもしれない。

metroの前にはカフェがあり、時間を間違えて3時にmetroの前で座っていると、metroのおじさん兼カフェの店主がやってきて、店を開け始めた。どこからかふらっと警察官も現れて座ってコーヒーを飲んでいる。

3時半丁度にバスが来た。乗客は僕とその警察官2人の3人。その後停車駅ごとに乗客が増えていき、明け方ごろにはほぼ満員だった。ボーダー直前には立ち乗りが出る始末。新聞をたくさん抱えたおじさんが乗って来て、国境の村で降りて行った。

アルバニア側ボーダーには8時前に到着。全員バスから降ろされて、荷物検査をされる。バスの中も別の場所でチェックしているのだろう。何の持ち出し(or持ち込み)を警戒してるかはよくわからない。

その後、ギリシャ側ボーダーへ移動。今度も全員降りて、入国審査場に進む。国境突破には2時間ぐらいかかった。

ギリシャは国土の真ん中をピンドス山脈という険しい山地が貫いており、ギリシャ入国後は山道を進むから距離に反して時間がかかる。

雨の多い日本では山道といえば山中の川沿いを進んでいくのが通常だか、このバスが通るルートは高速を降りた後山の中腹を進んでいくので見晴らしが良い。

 

車窓からの景色

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一方で日光いろは坂のようなカーブ続きであり、エチケット袋が配られる。山道のカーブごとにしょっちゅう墓標があるの怖いんだけど。谷底にタイヤとか落ちてるし。

カランバカにはギリシャ時間の2時ごろに着いた。

ちなみに、カランバカはKALLABAKA(カラバーカ)という発音の方が通じる

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口述試験体験記

予備試験は論文式試験が7月に行われ、忘れた頃の10月の始めに合格者が発表される。論文試験の合格率は1割前後であり、まさか自分が論文試験を突破しているとは思わず、発表を見て慌てて口述試験の対策を行う受験生は僕以外にも多いであろう。
僕の場合、特に夏休みを遊び呆けたことでほぼ全ての知識を失い、秋学期の最初の授業で解除の要件事実がわからず教授(saltseegoodman)に呆れられるまでに法律力が低下していた。
口述試験はその名の通り口で述べる試験であり、滝本ひふみ並みのコミュニケーション能力しかない僕にはかなりのディスアドバンテージが存在する。合格率は9割以上とはいえ、これは下手をすれば落ちかねないと思い、自習室に篭りきりで例のなんとか類型別のなんとか事実という死ぬほどわかりにくい本を延々と丸暗記していた。
試験会場は千の葉が舞い飛ぶ新浦安にある、普段は職員の研修所(?)のような法務省の施設である。前日のうちに上京し、宿泊地からりんかい線京葉線を延々乗り継いで会場に着くと、体育館のような場所(というか体育館)が待機場所になっており、◯室◯◯番と書かれたプラカードを渡され、その順番通りにパイプ椅子に座ってひたすら待たされる。ただの体育館なので寒い。
部屋ごとに試験官が違うので、優しそうな試験官に当たることを祈りながら、六法をペラペラめくって番号が呼ばれるのを待っていた。
11時を過ぎた頃に、ついに名前を呼ばれ、長い廊下をスタスタと歩き、別の待機室へ移動する。そこから20分ぐらい経ってようやく僕の番となり、ノックをして試験室に入る。
試験室は6畳ぐらいの寮の一室であり、机が二つ向かい合っていて片方に試験官が2人座っている。机の上には甲土地乙土地などの図が書かれた紙が置いてある。
片方の試験官が事案を説明し、その後訴訟物や請求原因、抗弁、立証手段、再抗弁など色々聞かれる。緊張して何回か詰まったりしたが、事案自体は取得時効という典型論点であったことや、試験官が両方とも優しく誘導してくれたりしたのでなんとか乗り切った。
2日目も朝から。今度は刑事である。いきなり親族相盗について聞かれ、ビビる。親族相当なんて学部二回生で勉強して以来だったが、奇跡的に判例が頭に浮かんでくる。

 

イメージ図

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試験官が両方とも威圧的で、怖い。副査が始終首を傾げていて、ひと段落終わるごとにねっとりと補充の質問をしてくる。特に、盗品にも横領罪が成立するか聞かれ、成立しないと答えると、は?みたいな顔をされる(判例は肯定)。その後、じゃあ何罪が成立するか、事案を変えるがこの場合はどうかなど矢継ぎ早に聞かれるが、否定説からの帰結を無理やりひねり出していると、なんとか追及の手が止む。
質問が手続法に移っても、民事と違いロースクールでやっていない刑事実務は完全に付け焼き刃の知識なので、突っ込まれまくる。条文上◯◯ができるのは誰かみたいな質問に対して、超適当に答えると、試験官が何言ってんだこいつみたいな顔をしていた。
ボロボロになりながら最後の質問である弁護士倫理にたどり着く。無難に答え、なんとか解放される。部屋を出る頃には喉がカラカラになった。
2週間後だかに発表があり、無事合格しているのを発見して安堵する。点数は平均点レベルの120だった。合格したらラッキーの心持ちで臨める論文式と違い、受かって当然の口述試験は妙なプレッシャーがある。得難い経験ではあったが、二度と受けたくない試験だと思った。


大連の空港で途方に暮れた話

1.時間がない人は読み飛ばしてもいい出発までの個人的な話

そもそもこの事件の根本的な謎(なぜ大連なんかに行ったのか)を理解するには、事の発端である僕のどうでもいい個人的な事情を理解する必要がある。
5月に司法試験を終えた僕は、9月の発表までの暇な期間に、かねてよりの夢だったシルクロード横断旅行をすることにした。
シルクロードを横断するには、事前にビザを取らないといけない国がいくつかある。ビザは東京の大使館に郵送で申請する必要があり、取得までかなり時間がかかる。旅行の計画を立て終えたのが7月の初め、出発は8月の最初。ギリギリである。
特に時間がかかるのが直接申請でも一週間かかり、郵送だと二週間以上かかるウズベキスタンのビザ。結局、東京まで直接申請しに行き、帰りは東京在住の友達に受け取って送ってもらうことにした。
しかしここでなんと事件が起こる。
まあ事件と言っても、ビザを大使館からピックアップできたのが出発4日前。そこから何も考えずスマートレターで送ってもらったら間に合わなかっただけである。ドジっ子かな?
仕方なくとってた飛行機をキャンセル。すぐ受け取れるよう郵便を局留にし、パスポートが届くまで待機することにする。
結局、パスポートが手に入ったのが出発予定翌日の朝。そこからキーボードを光速で弾いてベルリンに行く便を予約し(というのも、旅程の最初はベルリンで友人と合流して2人で旅行するつもりだったからである、人を待たせてはいけない)、すぐに関西空港に向かった。

2.本題であるところの出発後の話
出発当日になんとか取ったベルリンへのチケットは、まず大連を経由して北京に行き、そこから別の会社に乗り換えてモスクワ経由で行くという恐ろしいものである。恐ろしいよ❓大連北京線は遅延が予想される(というのも、中国の午後の国内線というのは遅れるものである)ので北京での乗り継ぎ時間はかなり余裕を持った。
そしていざ大連行きの飛行機に乗って大連で降りると、なんと乗り継ぐ北京行きの飛行機が運休になっていた。予想の斜め上でさすがにビビる。
仕方なく、中国国際航空のデスクへ行き、振替便を手配してもらおうとする。しかしなんと本日の残りの北京行きの便が満席で、翌日の便だと言われた。僕は北京午前2時発の飛行機を予約してるのだ、翌日まで待てるわけがない。
困るのでベルリン行きのイーチケットを見せて色々英語で言うと、天津までの便をとるので天津からバスで行けばどうだ、1時間半で着くと言われる。まあ、指定された便が天津に着くのが19時半頃であり、7時間あるならなんとか乗り継げるだろうと思ってそれで了承した。
その職員には45番のチェックインカウンターで手続きをしろと言われる。言われた通りにカウンターへ行った。するとその便はもうチェックインを締め切った、19時15分にまた来いという。えっなにそれは。
その場では引き下がったが、空港のベンチに座っていると次第に不安になってくる。19時15分ってなんだよ…それが次の便のチェックイン開始時間を指すなら出発は22時前じゃないか、そうすると天津に着くのは23時すぎ、そんなの間に合うのか?そもそもそんな時間にバスがあるとは思えないし、チケット代6万失って大連とかいう意味不明な街で一泊は嫌すぎる(失礼)等々…
最悪天津空港からタクシーだと思ってATMから2000元(32000円)引き出した。また、空港のフリーWi-Fiが繋がらないので、SIMカード(180元)も購入する。独裁国家特有のネット規制ツイッターもラインもつながらない。イライラ。
気を鎮めるために空港内をテクテク散歩していると、出発便情報の電光掲示板を発見する。21時15分発天津行きがキャンセルになってるんですけど、えぇ…
堪り兼ねてさっきのカウンターへ行き、色々日本語とか英語でまくし立てる。すると20時発の北京行きがあるからそれで行けという、あるんかいっ!やっぱりクレームはつけるに限るね。
Boading timeまで30分しかないので急いでゲートに行くと、どうやらかなり遅れてるらしい。まあいいけどね、いつものことだし。ゲートの前のカフェでのんびり出発を待つ。
カフェで2時間ほど待っていざ飛行機に乗り込んだがなかなか出発しない。どうも北京空港が悪天候で飛べないらしい。なるほどね、だからキャンセルなりまくってるのか。確かに台風来てるしね。
このままでは北京発の飛行機に間に合わないっ…と思ってたら、座って2時間後ぐらいにやっと動き出しました。よかった〜めでたしめでたし。
とはいかず、北京の滑走路に着陸したのが午前零時前、そこから広すぎる北京空港を駐機場まで移動するのに20分、扉が開くまでなぜか30分、沖止めなので到着口までバスで移動するのに20分。第2ターミナルにシャトルバスで移動するのに30分、空港広すぎ。
結局アエロフロートのチェックインデスクに死にそうになりながら辿り着いたのが出発40分前。ハリーハリーと急かされて走り、出発直前にギリギリ飛行機に乗ることができた。
最後までチャイナクオリティを実感させられた一日でした。

インドのビザを取得した話

菊の御紋が描かれた日本の赤いパスポートは無敵のパスポートと言われていて、これがあれば世界中の大多数の国でビザが免除されます。

しかし、それでも入国するに当たりビザを取得しなければならない国というのが一部存在します。日本人がよく行くインドもその一つです。

今回はそのインドビザを大阪の領事館で取得した話について。

インドの観光ビザのタイプにはアライバルビザ・イービザ・通常ビザが存在しますが、そのうち通常ビザは大使館等に行って申請しなければなりません。

僕は陸路入国の予定でありアライバルビザは取れないこと、イービザは何故かやたらと高い(60ドル)ことから、通常ビザを取得することにしました。

インドビザについてはよく取得されることからネット上に取り方をまとめた記事がたくさん存在します。

そしてその多くは「インドのビザは取るのが大変」「少しでも書式を間違えると突き返される」など申請手続きが厳格かつ理不尽であることを強調しています。

しかしどうやら領事館の人が言うところによると、東京と大阪で担当者が違い、東京の担当者は厳しいものの大阪は緩いようです。実際に僕はネットで書かれているようなイーチケット控えや旅程表など何も持っていかず、パスポートと申請書と証明写真だけ渡しましたが普通に取得できました。

大阪のインド領事館は堺筋本町駅のすぐ近くの、オフィスビルの7階にあります。

領事館というのは大使館と違って外交用の施設ではなく、単にビザのような外国人向けの手続きを行ったり自国民の便宜を図ったりする官庁の出張所のような場所です。従って大使館のように体裁を整える必要は必ずしもなく、実際にインド領事館もビルの一室にあり会社の事務所のような雰囲気でした。

とはいえ、昨年行った大阪のロシア領事館などは、高い塀に囲まれており前を警杖を持った警察官が警備しているなど物々しい雰囲気であり、中も綺麗な庭が整備されており池で鯉まで泳いでいるなど、まさに外交施設と言った感じでした。この当たりはロシアの、形式を重視すると言うお国柄が出ているといえるかもしれません。

今日はここまで。

ヨルダンのビザを取得した話

ヨルダンビザについて。日本国籍保有者はヨルダンに入国するに当たりビザが必要です。

国境のうち、空港と、キングスフセイン橋(アレンビー橋)を除く陸路国境ではアライバルビザが取得可能です。よって特に事前準備をする必要はありません。

一方で、エルサレムからアンマン(ヨルダンの首都)へ向かう最短経路にあるキングスフセイン橋国境ではアライバルビザが発給されません。よって事前にどこかのヨルダン大使館で観光ビザを取得する必要があります。

ちなみに、ラマッラ(パレスチナ)の大使館でビザが即日発給されるようです。テルアビブの大使館でも取得可能ですがイスラエルの入国スタンプが押されたのと同じなので推奨されていません(イスラエルスタンプが見つかると一部の国では入国を拒否されます)。

今回僕は東京の大使館でビザを取得しました。

ヨルダン大使館のHPがリンク切れになってる(汗)のですが、必要書類等は事前に調べた2012年ごろのブログに書いてあったことと同じでした。

必要書類はパスポートと申請書(現地で書けます)、そして証明写真(4.5×3.5)です。証明写真機は大使館周辺にはありません。僕は証明写真を忘れ渋谷まで歩いて撮りにいきました(涙)。

受付時間は平日の10時から12時。受け取り時間は翌日以降の10時から12時です。料金は無料、有効期間は発給から三カ月です。

大使館は渋谷の高級住宅街の一角にあり、前まで行くとアラビア語の看板がかけられ警備員が立ってるのですぐわかります。

門から入るとまず訪問者リストへ記入を求められ、その後金属探知機で体を検査され荷物の中を目視されます。なので危ないものは持っていかないようにしましょう(当たり前)。

その後庭を抜け、普通の民家に土足で入り、右の部屋に入るとビザの申請窓口があります。僕が行った時は人がいなかったので待つことはなく、受付自体も3分ぐらいで終わりました。

ちなみに訪問者リストを覗くと業務ビザを取りに来る人がほとんどでした(○友商事とか○清紡とか)。

ところで、キングスフサイン国境について。イスラエルから他のアラブ諸国に行こうとする場合、イスラエル特有のアラブ諸国との仲の悪さから飛行機で直接行くのが困難です。そこで、イスラエルに対して唯一陸路国境を開いているヨルダンへ行き、ヨルダンから飛行機で他のアラブ諸国に行くというルートがとられることが多く、その場合に通ることになるのがキングスフサイン国境です(場所→Google マップ

このキングスフサイン国境はパレスチナ自治区であるところのヨルダン川西岸地区にあり、パレスチナ人がヨルダンへ行くために主に使用されている国境です。パレスチナ人はイスラエルの唯一の国際空港であるベン=グリオン空港の使用を拒絶されているので、パレスチナ人が外国へ行こうとする場合、ヨルダンのアンマンの空港を使うそうです(以上Wikipediaより)。

参考になるブログ記事

http://ameblo.jp/kiseki3091/entry-11307991663.html←日本でのビザの取得方法

http://sekaiisshuu.net/ramallah/←ラマッラでのビザの取得方法